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大阪地方裁判所 昭和63年(ワ)4959号 判決

原告

山本清文

被告

岸田洋子

ほか一名

主文

一  被告岸田洋子は、原告に対し、金一四八二万三二八一円及びこれに対する昭和六一年五月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告日動火災海上保険株式会社は、原告に対し、被告岸田洋子に対する本判決が確定したときは、金一四八二万三二八一円及びこれに対する右確定の日の翌日から右支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用はこれを一〇分し、その二を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

五  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告岸田洋子は、原告に対し、金七〇〇〇万円及びこれに対する昭和六一年五月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告日動火災海上保険株式会社は、原告に対し、被告岸田に対する右請求についての認容判決が確定することを条件として、右確定にかかる判決主文に表示された金員及びこれに対する右判決確定の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(両被告)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担する。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

次の交通事故が発生した(以下「本件事故」という。)

日時 昭和六一年五月八日 午前九時三〇分ころ

場所 富山県中新川郡立山町若林北陸自動車道下り線(以下「本件事故現場」という。)

事故車両 普通乗用車(ホンダシビツク、登録番号なにわ五五な九六三二号)、(以下「本件事故車」という。)

右所有者 原告

右運転者 被告岸田洋子(以下「被告岸田」という。)

被害者 原告

事故態様 本件事故車が急に左に進路を変え、そのまま道路左側のガードロープの支柱に激突大破し、同車助手席に同乗していた原告が受傷した。

2  被告らの責任

(一) 被告岸田

(1) 被告岸田は、昭和五九年五月一〇日に自動車運転免許取得後はほとんど運転経験のない自動車運転の初心者であり、かつ本件事故車がホンダシビツクという小型乗用車であつた上に、特にその必要もなかつたのであるから、高速道路においては走行車線を運転すべきであつたにもかかわらず、本件事故現場付近に至るまで追越車線を運転し、かつその際、制限速度が毎時八〇キロメートルであつたにもかかわらず、毎時一〇〇キロメートル以上の速度を出していたのに加えて、本件事故現場付近において運転操作を誤り、本件事故車を追越車線の右側にはみ出させたうえ、中央分離帯に続くコンクリート部分にまで乗り入れ、そのまま進行すれば中央分離帯に激突する事態を招き、さらにこれを避けようとしてハンドルを左に切ったが、その操作を誤り本件事故車を左に大きくカーブさせた。

本件事故は、被告岸田の右のような過失が複合して発生したものである。

(2) 原告が本件事故現場付近において助手席から手を伸ばしてハンドルを切り、そのために本件事故車が左にカーブしたとしても、当時、本件事故車が中央分離帯に突進しており、そのまま進行していれば中央分離帯に激突することは必至であつたのであるから、このような異常事態において原告がハンドルを切つたのは正当な行為であり、本件事故がそれまでの被告岸田の過失により発生したものであることには変わりがない。

(二) 被告日動火災

(1) 被告日動火災海上保険株式会社(以下「被告日動火災」という。)は、本件事故当時、訴外岸田弘子との間で、左記内容の自動車損害保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結していた。

契約年月日 昭和六〇年七月一日

証券番号 23233710

契約期間 昭和六〇年七月一日から昭和六一年七月一日まで

記名被保険者 岸田弘子

被保険自動車 マツダフアミリア(登録番号奈五六み二三六七号)

特約 記名被保険者、その配偶者又は記名被保険者の同居の親族が自ら運転者として運転中の他の自動車を被保険自動車とみなして、被保険自動車の契約条件に従い、保険金を支払う(他車運転危険担保特約)。

(2) 被告岸田は、記名被保険者である岸田弘子の妹であり、かつ本件事故当時、同女と同居していた。

(3) 本件保険契約に適用がある自家用自動車保険普通保険約款(以下単に「約款」という。)第一章第六条において、被害者の加害者に対する損害賠償請求の訴えにつき認容判決が確定したときは、被害者は保険会社に対し保険金の支払を直接請求できる旨が定められている。

3  損害の発生

(一) 治療費 金六六万五六一三円

(1) 原告は、本件事故により、脳挫傷、両側硬膜下血腫、左多発性肋骨骨折、血胸等の傷害を負い、昭和六一年五月八日から同年九月二九日まで富山市民病院において入院加療を受け、昭和六一年九月三〇日から医療法人愛仁会理学診療科病院(以下「理学診療科病院」という。)において入院加療を受けて昭和六三年四月三〇日に至り症状固定となつた。

(2) 右治療により原告が被つた損害は金六六万五六一三円である。

(二) 入院付添費等 金四六三万八〇〇〇円

(1) 原告は、右入院中(但し昭和六三年五月末日まで)、日常の用務を自分ですることができないため、事故後約一か月は、原告の家族全員が富山市民病院の近くにアパートを賃借して原告に付き添い、その後、同病院から理学診療科病院に転院するまでは原告の母が毎日病院に泊まり込みで原告を介護し、右転院後は原告の母が毎日病院に通つて原告を介護した。

(2) 右入院付添による損害は一日あたり金五〇〇〇円として事故日から昭和六三年五月末日までの合計金三七七万五〇〇〇円とするのが相当であり、さらに右アパート賃借に関する費用として敷金、家賃、布団代の合計金一四万八〇〇〇円、ホテルの宿泊費用として合計金七万五〇〇〇円及び大阪から富山まで延べ三二往復した際の交通費として金六四万円をそれぞれ要したから、入院付添等により被つた損害は総合計金四六三万八〇〇〇円となる。

(三) 入院諸雑費 金九〇万六〇〇〇円

原告が前記入院中(但し、昭和六三年五月末日まで)に要した諸雑費は、平均すると一日金一二〇〇円として合計九〇万六〇〇〇円を下らない。

(四) 休業損害 金三八七万一三二〇円

原告は、本件事故当時、伊藤ハム株式会社に勤務し、事故前の昭和六一年三月及び四月において一か月平均金一六万八一七四円の収入を得ており、かつ事故前年度には一回あたり平均金三二万円の賞与を得ていたところ、本件事故による受傷のため、昭和六一年五月八日から昭和六二年九月一二日まで休職し、その間、給与及び賞与を受けられなかつたことから、金三八七万一三二〇円の休業損害を被つた。

(五) 傷害慰謝料 金三三三万五〇〇〇円

本件事故による原告の受傷に対する慰謝料は金三三三万五〇〇〇円とするのが相当である。

(六) 逸失利益 金五四四一万円

(1) 原告は、前記の受傷により、自賠法施行令別表第五級二号にある「神経系統の機能または精神に著しい障害を残し、特に軽労務以外の労務に服することができないもの」及び同第一二級五号にある「鎖骨、胸骨、肋骨、けんこう骨又は骨盤骨に著しい奇形をのこすもの」に該当する後遺障害を身体に残した。

(2) 原告は、右後遺障害により、本件事故時から六七歳に達するまでの四四年間、事故前の年間収入額金二五八万円に相当する金額につき新ホフマン式計算法による年五分の割合による中間利息を控除した金五四四一万円の得べかりし利益を失つた。

(3) よつて、原告の本件事故による逸失利益は金五四四一万円となる。

(七) 後遺障害慰謝料 金一五一八万円

原告の本件事故による前記後遺障害に対する慰謝料としては金一五一八万円が相当である。

(八) 物損 金一〇〇万円

本件事故車は、原告が昭和六〇年四月一〇日に金一五〇万円で購入したものであるところ、本件事故により大破し使用不能となつたため、原告は、少なく見積もつても金一〇〇万円を下ることのない右車両の本件事故時の取引価格相当の損害を被つた。

4  よつて、原告は、被告岸田に対し、本件事故による不法行為に基づく右損害のうち金七〇〇〇万円及びこれに対する右不法行為の日である昭和六一年五月八日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を、被告日動火災に対し、本件保険契約の約款第一章第六条に基づき、被告岸田に対する右請求についての認容判決が確定することを条件として、右確定にかかる判決主文に表示された金員及びこれに対する右判決確定の日の翌日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。

二  請求に対する認否

(被告岸田)

1 請求原因1は認める。

2(一) 同2(一)の事実中、被告岸田が昭和五九年五月一〇日に自動車運転免許を取得したこと、本件事故車を運転して本件事故現場付近において追越車線を走行していたところ、追越車線の右側にはみ出し、道路と中央分離帯の間にあるコンクリート部分に乗り入れさせたことは認め、その余は否認する。

(被告両名の主張)

本件事故は、助手席から適切なハンドル操作をすること自体困難であり、また助手席からはブレーキ、アクセル等の操作ができず、運転車両全体としての適切安全な走行も不可能である上に、高速で走行中は一層適切な運転操作が困難であることから、助手席の同乗者が運転者を差し置いてハンドル操作をすることは許されないにもかかわらず、原告が、軽率にも助手席からハンドルをつかんで操作したのに加えて、本件事故車が高速で走行していることを考慮せずに急に大きく左方にハンドルを切つたため、被告岸田がブレーキを踏む間もなく、本件事故車が左に大きくカーブした結果発生したものである。

よつて、本件事故は専ら原告の重大な過失により発生したものであり、被告岸田に過失はない。

(二) 同(2)の事実中、原告が助手席から手を伸ばしてハンドルを切り、そのために本件事故車が左にカーブしたことは認め、その余は否認する。

本件事故車は、当時、中央分離帯に突進しておらず、直ちに中央分離帯に激突するような切迫した状況にはなかつた。

3(一) 同3(一)は不知。

(二) 同(二)の各事実中、昭和六一年九月三〇日以後の入院付添費、アパートの賃借に関する費用、ホテル費用及び大阪富山間の交通費の各支出による損害の発生は否認し、その余は不知。

(三) 同(三)は不知。

(四) 同(四)の事実中、原告主張の額は否認し、その余は不知。

(五) 同(五)は不知。

(六) 同(六)の事実中、原告が「鎖骨、胸骨、けんこう骨または骨盤骨に著しい奇形を残すもの」に該当する後遺障害を残したとする点は否認し、その余は不知。

自賠法施行令別表第一二級五号にいう「鎖骨、胸骨、ろく骨、けんこう骨又は骨盤骨に著しい奇形を残すもの」とは、右奇形が裸体となつたときに明らかにわかる程度のものでなければならないところ、原告の後遺障害はこれに該当しない。

(七) 同(七)は不知。

(八) 同(八)は否認する。

(被告日動火災)

請求原因2(二)の事実中、(1)及び(3)は認め、(2)は不知、その余の認否は被告岸田の主張と同旨。

三  抗弁

1  過失相殺等(両被告)

(一) 過失相殺

本件事故の発生につき、被告岸田になんらかの過失があるとしても、請求原因に対する認否2(一)(被告両名の主張)記載の事実により、大幅な過失相殺がなされるべきである。

(二) 好意同乗者減額

原告は、本件事故当時、被告岸田と親密な関係にあり、信州方面に二人で旅行する道中であつたが、同被告の運転歴が浅く、ことに同被告が高速道路上で運転するのは本件事故時が初めてであつたうえに、この旅行に出発する際、同被告の母親から同被告には自動車の運転をさせないよう頼まれていたのであるから、被告岸田の運転状況を常に注視し、安全確保のために適切な指示をするなど配慮すべき義務があつたのにもかかわらず、これを怠り、本件事故前に至るまで、助手席においてシートベルトも装着しないままシートを倒して横になつていた上、被告岸田に対し、追越車線を時速約一二〇キロメートルで走行するよう指示していたことから、本件事故においては原告の好意同乗減額がなされるべきである。

2  損益相殺(両被告)

原告は、本件事故により、本件事故車に付保していた任意保険の自損事故条項に基づく金九六〇万円及び同保険の搭乗者傷害条項に基づく金六九〇万円の合計金一六五〇万円の支払により、損害の填補を受けた。

なお、約款の他車運転担保特約第三条三項によれば、保険会社が填補すべき損害の一部に対して、事故車両に付保された他の保険契約により支払われた保険金がある場合には、保険会社は、それを超える部分についてのみ保険金支払義務を負うとされていることからも、被告日動火災の保険金支払義務は、右合計金額を超える部分に限定される。

3  自賠責保険金相当額の不担保(被告日動火災)

被告日動火災が本件保険契約によつて負担する保険金支払義務の範囲は、任意保険が一般に自賠責保険の上乗せ保険としての性質を有する以上、自賠責保険による保険金が支払われていたならばそれにより填補されるべき額を超える部分に限定される。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1はすべて否認する。

2  同2の事実中、原告が本件事故車に付保されていた自家用自動車保険の自損事故条項及び搭乗者傷害条項により合計金一六五〇万円の保険金の支払を受けたことは認めるが、その余は否認する。

3  同3は否認する。

本件事故車について付保された自動車損害賠償責任保険によつて保険金が支払われない以上、被告日動火災は、被告岸田が負担する賠償責任額のすべてについて保険金支払義務を負う。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因1(事故の発生)については当事者間に争いがない。

二  請求原因2(被告らの責任)について

1  被告岸田の過失

(一)  成立に争いのない甲第一号証、第四号証、第六号証、第七号証、第八号証、証人山本清の証言及び被告岸田の本人尋問の結果によれば、以下の事実が認められ、これを覆すに足る証拠はない。

(1) 道路状況

本件事故現場は、北陸自動車道下り線の三八・九キロポスト付近であり、立山インターチエンジからの進入路の本線への合流部終点のあたりに位置する。

本件事故現場の道路は、片側二車線で、下り線幅員各三・五メートルのいわゆる走行車線と追越車線の二つの車両通行帯からなり、進行方向左側には幅員二・八メートルの路肩、進行方向右側には、幅員三メートルの路側帯が設けられ、路肩の左端部及び路側帯の右端部(中央分離帯の左端部)にはいずれもガードロープが設置されている。

本件現場の道路は、路側帯のうち、中央分離帯寄りの幅一・三メートルの部分(但し、本線と立山インターチエンジとの合流点付近においては事故現場付近より若干狭まつている。)がコンクリート舗装になつているほかは、全てアスフアルト舗装されている。

また、本件事故現場の道路は、平坦ではあるが、遅くとも衝突地点の手前約二三〇メートル付近から進行方向左側にカーブを描いている。

(2) 規制

本件事故現場付近は、最高速度が毎時八〇キロメートルに制限されている。

(3) 本件事故に至るまでの走行態様

本件事故当時、北陸自動車道下り線の本件事故現場付近は他の自動車は少なく、被告岸田は、本件事故現場付近に至るまで追越車線を毎時約一二〇キロメートルの速度で走行し、一方、原告は助手席のシートを倒して横になつていたところ、本件事故現場の手前あたりから、本件事故車の車体が右側の中央分離帯に接近しはじめ、衝突地点の手前約二三〇メートルの地点(以下「〈1〉地点」という。)で車体右側面と中央分離帯までの距離が約一・八メートルになり、その後、衝突地点の手前約八五メートルの地点(以下「〈2〉地点」という。)では右側の車輪をコンクリート舗装部分に乗り入れて走行音が「ザー」という音に変化した上、中央分離帯までの距離が一・一メートルに狭まり、さらにそこから約一〇・五メートル進行した地点(以下「〈3〉地点」という。)で中央分離帯までの距離が約〇・八メートルのところまで迫つたところでハンドルが左に切られたため、本件事故車は、本線車道を斜めに横切るようにして走行した後、その前面を道路左側のガードロープ及びその支柱に激突させた。

(4) 本件事故現場に残されたタイヤ痕の状況

本件事故現場には、本件事故後、前記〈3〉地点の先約一〇メートルのコンクリートの路肩部分から一本で始まり、しばらく道路方向とほぼ平行に走つた後、緩やかに左方向に湾曲し始めた付近から二本に分岐し、その後は特に乱れもなく本件事故車の車幅の半分以下の距離を保ちつつ追越車線及び走行車線を斜めに横切つて道路左側のガードロープの直下付近にまで達する、長さ約六二メートルないし六八メートルのタイヤ痕が残されていた。

(5) 被告岸田の事故後の言動

被告岸田は、昭和六一年五月二〇日、富山県警察本部交通部高速道路交通警察隊による本件事故現場の実況見分に業務上過失傷害被疑事件の被疑者として立ち会い、本件事故車が中央分離帯に衝突する危険を感じた地点として前記〈1〉地点を指示しているほか、同年一〇月三日ころ、母親と共に原告の入院する病院に見舞いに行つた際、原告の父山本清から本件事故の状況について尋ねられたのに対し、本件事故現場の手前の陸橋を渡る時に道幅が狭くなつたように思つて危険を感じ、その後、本件事故現場直前で車体が中央分離帯の側の白線の方へぐつと寄つて行つたので、さらに危険を感じて体が動かなくなり、金縛りのような状態になつてしまつたところ、原告が左の方にハンドルを切つてくれたなどと答えた。

(6) 被告岸田の運転経験

被告岸田は、昭和五九年五月一〇日に普通免許を取得し、その直後約三か月の間に父親の自動車を借りて運転していたが、その後、昭和六〇年一二月下旬まで自動車の運転をしておらず、同月下旬ころから原告とともにアルバイト先から帰る際に、時々原告に代わつて原告の自動車を運転していたという程度の運転経験であり、特に、毎時一〇〇キロメートルを越す速度での運転及び高速道路での運転は本件事故当日が初めてであつた。

(二)  本件事故の直接の原因

右認定の事実中、本件事故に至るまでの走行態様、事故後の被告岸田の言動、同被告の運転経験に関する各事実に被告岸田の本人尋問の結果を考え併せると、本件事故車が道路左側のガードロープの方向に進路を急変したのは、原告が助手席から手を伸ばしてハンドルをつかみ、これを左に切つたことによるものであると推認され、本件事故は、原告の右行為が直接の原因となつたものと認められる。

なお、原告がハンドルを左に切つた点について、前掲甲第八号証(実況見分調書)の記載には、被告岸田がハンドルを左に切つたかのような記載があり、証人山本清の証言においても原告本人が同証人に対して述べたところとして、原告によるハンドルの左転把を否定する証言があるので、若干付言すると、実況見分調書の右記載は、一見被告岸田がハンドルを切つたかのようにも読めるが、そもそも右記載は「ハンドルを切り被害者をさけようとした地点」という不動文字をもとに、その左横に添付見取図上の該当地点を記載し、その右横に説明者として「岸田」と記載されているにすぎないことから、右記載はハンドルが切られた地点を指し示す意味にとどまり、それ以上にそれが誰の手によるものかまでは明らかにされていないものとも解釈される余地があり、また山本証言については、原告による左転把を否定する原告からの伝聞を述べつつ、他方で、原告には本件事故の態様については全く記憶がない旨を供述していることを考えると、これらの証拠によつては右認定を覆すには足りない。

(三)  しかし、以下の理由により、本件事故の発生につき、被告岸田にも過失がある。

(1) 事故直前の事故車の状況

前記認定にかかる各事実を総合すると、被告岸田は、本件事故当時、高速道路における運転経験が皆無に等しかつたにもかかわらず、本件事故現場付近の北陸自動車道を制限速度を大幅に超過する毎時一二〇キロメートルもの高速で運転していたため、本件事故現場付近の緩慢な左カーブを曲がり切れず、そのため本件事故車は、走行していた追越車線を進行方向右側にはみ出し、さらに中央分離帯との間にあるコンクリートの路肩部分にまで進行した上に、毎時一二〇キロメートルの速度で一〇・五メートル進行する間に約〇・三メートル接近したことからすると、毎秒〇・九メートル以上の割合で中央分離帯に急接近していた事実が認められる。

なお、被告らは、現場に残されたタイヤ痕が左方にカーブするまで中央分離帯に平行に走つていることを根拠に、本件事故車は中央分離帯に衝突するような切迫した状況にはなかつた旨主張するので若干付言すると、前記認定事実によれば、確かにタイヤ痕の始点に近い部分は中央分離帯に平行に走つていたことが認められるものの、それまでの車体との中央分離帯との距離の推移が前記認定のとおりであることからすると、当時本件事故車が中央分離帯に急接近していたことに疑いはなく、また被告岸田の供述によればブレーキを踏んだ記憶はないとのことであるから、右タイヤ痕は車輪が急に左に方向転換させられたために路面との間の摩擦が大きくなつて生じたものである可能性が高いというべきであり、その場合に車体はタイヤ痕が付きはじめるのと同時に進行方向左向きの運動を始めていたことになるから、それまで進行方向右側の中央分離帯の方向へ車体が進んでいた場合には、一時的に双方の運転方向が打ち消しあい、車体が中央分離帯と平行に走行した結果とも考えられるから、結局被告らの主張する点のみをもつては右認定を覆すには足りない。

(2) 事故直前の被告岸田の状況

前記認定事実中、本件事故現場に残されたタイヤ痕が特に乱れることなく衝突地点まで達していることや衝突に至るまでブレーキを踏んだ記憶がないとする被告岸田の供述からすると、原告が助手席からハンドルをつかんで左に転把しようとしたのに対し、被告岸田は特に抵抗もしなかつたばかりでなく、タイヤ痕の長さ及び当時の速度からすると、ハンドルが左に切られてからガードロープに衝突するまでの間に約二秒間あつたのになんら制動措置をとることがなかつたものと認められ、ハンドルが左に転把された後のこのような被告岸田の対応並びに本件事故に至る走行態様、被告岸田の事故後の言動、同被告の運転経験に関する各事実を総合勘案すると、被告岸田は、本件事故車が中央分離帯に急接近するという事態に直面して、山本清の証言等にあるような「金縛りのような状態」に当たるどうかは別として、少なからず困惑し、いかなる手段を講じてその場を切り抜けるべきなのかを判断しかねている状態にあつたものと推認される。

(3) 右の各事実に照らせば、被告岸田は、高速道路における運転経験が皆無に等しかつたのであるから、制限速度を厳守するなど、特に慎重な運転をこころがけるべきであつたにもかかわらずこれを怠り、漫然と制限速度を四〇キロメートルも超過する毎時一二〇キロメートルの高速で走行した上、本件事故車を前記のように中央分離帯に急接近させたものであつて、被告岸田にも、本件事故を発生させた責任があると言うべきである。

2  被告日動火災の保険金支払義務

請求原因2(二)の事実中、(1)及び(3)については当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第二号証及び被告岸田の供述によれば、(2)の事実も認められる。

三  損害について

以下の理由により、本件事故に基づく原告の損害額は金四九四一万〇九三九円となる。

1  治療費 金六六万五六一三円

弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一〇号証ないし第一四号証、第二五号証の一ないし六五、証人山本清の証言及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故により、脳挫傷、両側硬膜下血腫、左多発性肋骨骨折、血胸の傷害を負い、昭和六一年五月八日から同年九月二九日まで富山市民病院において入院加療を受け、昭和六一年九月三〇日から昭和六三年九月三〇日まで理学診療科病院において入院加療を受け、その間の昭和六三年四月三〇日には症状固定するに至つたところ、原告は右治療の治療費として一六七万七七五〇円を要したが、健康保険組合から給付金一〇一万二一三七円の支給を受けたので、それを差し引いた金六六万五六一三円が原告の損害と認められる。

2  入院付添費等 金三四一万円

前出甲第一一号証、第一三号証、証人山本清の証言及び弁論の全趣旨によれば、原告の前記入院期間のうち、昭和六一年五月八日から同月末日までは、原告は富山市民病院の集中治療室にて治療を受けていたことが認められるから入院付添の必要は認められず、また理学診療科病院における昭和六三年五月一日以降の入院については、前記認定のとおり症状固定後であるから、入院付添費として認めるのは相当ではないものの、富山市民病院における昭和六一年六月一日から同年九月二九日までの一二一日間は、原告はベツドから起きあがることができないことから付添看護の必要があつたものと認められ、また理学診療科病院における同年九月三〇日から昭和六三年四月三〇日までの五七九日間は、病院側が原告の親に対し朝から来るように指示していたことがうかがわれ、家族の付添が必要であつたものと認められるから、右両期間合わせて七〇〇日にわたる付添による損害としては、一日当たり金四五〇〇円として合計金三一五万円とするのが相当である。

さらに、原告の家族が要したとの主張がある大阪富山間の交通費並びにアパートの敷金及び賃料・敷金、宿泊費、布団代等のいわば滞在費については、個々の出費につき具体的数額を確定する客観的証拠が甲第一九号証、第二〇号証及び第二三号証等を除いては乏しいばかりでなく、それらの出費の必要性を全て認めるに足る証拠もないが、原告が負つた傷害の程度及び事故地が原告らの住所地からは遠隔であつたことを考慮すると、事故発生時においては原告の家族四人分(山本証言)につき大阪富山間の各一往復の諸経費として一人当たり金一万円の計金四万円、事故発生日から山本清の証言により原告が危篤状態を脱したと認められる昭和六一年五月一七日までの一〇日間の滞在諸経費として家族四人(山本証言)につき毎日一人あたり金四五〇〇円の計金一八万円及びその後の富山市民病院における入院期間一二一日間については家族のうちの一人が一か月に一度大阪富山間を往復する諸経費として金一万円の計金四万円の総合計金二六万円を損害として認めるのが相当である。

よつて、本件事故により、原告が被つた入院付添費等の損害は、右の入院付添費金三一五万円に諸経費金二六万円を加えた金三四一万円であると認められる。

3  入院雑費 金八五万九二〇〇円

前記認定の原告の受傷内容及び治療経過に照らせば、原告は、富山市民病院に入院していた一四五日間及び理学診療科病院に入院していた期間のうち症状が固定した昭和六三年四月三〇日までの五七一日間につき、一日当たり金一二〇〇円として合計八五万九二〇〇円の諸雑費を要したものと認めるのが相当である。

(算式) 一二〇〇×(一四五+五七一)=八五万九二〇〇(円)

4  休業損害 金三八五万三四四〇円

弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一五号証、第二四号証、山本清の証言によれば、原告は本件事故当時、伊藤ハム株式会社に勤務し、同社から本件事故前の昭和六一年三月分として金一五万八二〇〇円、同年四月分として金一六万五二八〇円の各給与を得ていたこと、また同年二月分の給与も右三月分の給与と同水準であつたことが認められ、これらの事実を総合すると、原告は、本件事故当時、一か月当たり一六万五六〇円を下らない月給を得ていたものと認められるものの、賞与については、山本清の証言のほかには客観的証拠がないことから、これを認めるに足りず、結局、原告は、本件事故により、事故当日である昭和六一年五月八日から症状固定日である昭和六三年四月三〇日までの約二四か月の休業期間中、金三八五万三四四〇円の休業損害を被つたものと認めるのが相当である。

5  傷害慰謝料 金三三三万円

前記認定の原告の受傷内容及び治療経過に照らせば、原告の受傷に対する慰謝料は三三三万円とするのが相当であると認める。

6  逸失利益 金二三五九万二六八六円

休業損害に関する前記認定のとおり、原告は本件事故当時、一か月当たり一六万五六〇円を下らない収入を得ており、かつ山本清の証言によれば原告の生年月日は昭和三八年一二月三〇日であることが認められるから、原告は、本件事故に遭わなければ、症状が固定するに至つた日の翌日である昭和六三年五月一日以降、六七歳に達するまでの四三年間、年間一九二万六七二〇円を下らない収入を得ていたものと認めるのが相当である。

ところが、前出の甲第一三号証及び第一四号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第二七号証及び第二九号証、弁論の全趣旨によりいずれも原告の症状固定後の胸部エツクス線写真であると認められる検甲第一号証の一及び二並びに証人山本清の証言を総合すると、原告は、本件事故による頭部外傷の後遺症として、左半身麻痺により独力で歩くためには左下肢に装具を装着しなければならず、また左上肢も巧緻運動ができない上に、記銘力が低下するなどの障害を残したほか、多発性肋骨骨折により、左胸部に著しい変形が残るという障害を残した事実及び右障害により本件事故車に付保された任意保険の保険会社から、右各障害は、自賠法施行令別表中の第五級二号「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、特に軽易な労務以外の労務に服することができないもの」及び同第一二級五号「鎖骨、胸骨、ろく骨、けんこう骨又は骨盤骨に著しい変形をのこすもの」に該当し、さらに以上の合併として障害等級四級に該当する旨の各認定を受けた事実が認められるところ、これらの事実を総合すると、原告は本件事故による後遺障害により、その労働能力を七九パーセント喪失したものと認めるのが相当である。

したがつて、原告が本件事故により逸失した利益は、新ホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除して計算した金二三五九万二六八六円であるとするのが相当である。

(算式) 一六万五六〇×一二=一九二万六七二〇(円)

一九二万六七二〇×一五・五×〇・七九=二三五九万二六八六(円)

(一円未満切捨て)

なお、被告らは、右認定事実中、左胸部の著しい変形及びこれに対する自賠法施行令別表第一二級五号該当の認定について、同号にいう「胸骨の著しい変形」とは、エツクス線写真上において肋骨の変形が認められるにすぎない場合を含まず、裸体となつて胸郭の変形が明らかにわかるものでなければならないから、原告の後遺症はこれに該当しない旨主張するので付言すると、前出の甲第一四号証及び検甲第一号証の一及び二によれば、エツクス線写真上は原告の胸郭が変形している事実を明確に認めることができるばかりでなく、これに加えて前掲の甲第二九号証記載の傷病名欄には、「左胸郭の著しい変形を認めます。」との記載があり、さらに他の保険会社が原告の後遺症は自賠法施行令別表の第一二級五号に該当する旨の認定をしている以上、原告の胸郭の著しい奇形は裸体上も明らかであると推認すべきであり、これに疑問をいだかせるべき具体的反証活動がなんらされていない本件においては、被告らの主張は採用することはできない。

7  後遺障害慰謝料 金一三〇〇万円

右認定の本件事故による原告の後遺障害を慰謝するものとしては、金一三〇〇万円の慰謝料が相当である。

8  物損 金七〇万円

成立に争いのない甲第七号証及び弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第二八号証及び証人山本清の証言によれば、原告は、昭和六〇年四月一三日、本件事故車を新車として車両価格一三五万八六六〇円で購入し、同車は本件事故当日までの約一年一か月の間使用されていたが、本件事故により大破し、廃車せざるを得なくなつたものと認められるが、購入時の価格、使用期間等を勘案すると、同車の本件事故当時の価格は金七〇万円を下らないものと認めるのが相当である。

四  抗弁について

1  過失相殺等

(1)  過失相殺

前記認定事実のとおり、本件事故は、原告が助手席から手を伸ばしてハンドルをつかみ左に転把したことが直接の原因になつたものであるが、ハンドルは運転席に着席する者が操作することを予定して設置されているのであつて、助手席から走行状態に応じた適切な操作を行うことが極めて困難であることは明らかであり、このことは、特に毎時一二〇キロメートルもの高速運転時においては顕著であるし、現に、本件においては、そのまま左方向に逸走させ、道路左端のガードロープ支柱に激突させているところである。

そうすると、前記認定のように、本件事故車が中央分離帯に急接近していたにもかかわらず、被告岸田が適切な回避行動に移れないでいた状態にあつたにしても、助手席から手を伸ばしてハンドルをつかみこれを左に転把し、事故車を逸走させた原告の過失は極めて大きいと言わざるをえない。

(2)  好意同乗減額

被告岸田の供述、証人山本清の証言及び弁論の全趣旨によれば、原告と被告岸田とは、原告の勤務先に被告岸田がアルバイトとして通つていたことから知合いになり、昭和六一年の初めころから交際を始め、本件事故当時にまで至つていたものであるが、本件事故に先だつて白馬方面へ二人で二泊三日の旅行をする計画を立て、事故当日は午前四時一五分ころ本件事故車を運転して自宅を出て被告岸田方に同被告を迎えに行き、午前五時ころ同被告方を出発したが、その際、同被告の母親から同被告には自動車の運転をさせないで欲しい旨を言われたなどの事実が認められるところ、このような原告と被告岸田との関係、出発時のやりとりなどから判断すると、原告は、前記認定のとおり被告岸田が本件事故当日まで毎時一〇〇キロメートルを越える速度での運転及び高速道路での運転経験が皆無であつたことを知つていたものと推認することができる。

また、同様に被告岸田の供述によれば、旅行に出発した当初は原告が本件事故車を運転していたが、北陸自動車道に入つて朝食を食べた後、被告岸田が運転を代わり、その後は二箇所ほどのパーキングエリアで停車しその度に運転を交代していたこと、また原告は、事故当日、北陸自動車道において、毎時一〇〇キロメートル以上の速度で追越車線を走行し、そのため車の警報器のチヤイムを鳴らしていたが、一方、被告岸田が運転するときも、同被告が毎時一〇〇キロメートルから一二〇キロメートルの速度で追越車線を走行することを少なくとも黙認しており、特に本件事故直前には、被告岸田に運転を任せ、自分はシートベルトも装着せずに助手席のシートを倒して横になつていた事実が認められる。

以上の事実からすると、原告は、被告岸田の運転経験を踏まえて高速道路においては常に自分が運転することも考えられたのにもかかわらず、被告岸田が高速道路の運転が初めてであることを知りながら、北陸自動車道において同被告に毎時一二〇キロメートルに達する高速で運転させて、自分はシートベルトもせずに助手席に乗り込んだ上、被告岸田の運転経験を考慮して助手席において同被告の運転を監視することなどせず、漫然とシートを倒して横になるという危険をあえて冒していたものと言わなければならず、本件事故による原告の損害につき、相応の好意同乗者減額をせざるを得ない。

(3)  相殺ないし減額割合

右(1)及び(2)の事情を総合すると本件事故により原告が被つた損害のうち、七割を減額し、残り三割をもつて被告岸田の責任割合と認めるのが相当であり、その残額は一四八二万三二八一円となる。

(算式) 四九四一万〇九三九×(一-〇・七)=一四八二万三二八一(円)

(一円未満切捨て)

2  損益相殺等について

(一)  原告が本件事故車について締結していた任意保険契約の自損事故条項及び搭乗者傷害条項により合計一六五〇万円の保険金の支払を受けた事実は、当事者間に争いがない。

(二)  しかしながら、成立に争いのない甲第一七号証及び丙第一号証並びに弁論の全趣旨によれば、右自損事故条項及び搭乗者傷害条項は、いずれも任意加入の自家用自動車保険に組み込まれてはいるが、保険契約者が傷害を負つた場合には、保険契約に基づき保険料を支払つた契約者がみずから保険金を受領するものであり、またその保険金も医療費のほかは主に後遺障害の程度に応じて一定額が支払われるものであること、さらに保険約款上、保険者代位の規定が排除されていることも認められ、これらの事情を総合すると、右各保険条項は、少なくとも保険契約者が傷害を負つた場合には、傷害保険条約とほぼ同じ法的性格を有するものと認められることから、原告の右保険金一六五〇万円の受領は、原告の被告岸田に対する損害賠償債権の消滅をきたすことはないと言うべきである。

また、本件保険契約に適用される他車運転担保特約第三条三項及び同項が直接間接に引用する各条項によれば、同条三項は、自損傷害についての二項とは表現を異にしていて、保険会社の填補責任をその超過額に制限するのは、被保険者が第三者に対して賠償責任を負担することによつて被る損害の全部又は一部を填補する他の保険契約又は共済契約がある場合における当該他の保険契約又は共済契約によつて填補される額についてであることを明らかにしているから、右のように原告の受領した保険金の性格が傷害保険金とほぼ同じであつて、本件保険契約の被保険者である被告岸田が本件事故により原告に対して賠償責任を負担することによつて被る損害を填補する性質のものではないと解される以上、原告の右保険金受領は他車運転担保特約第三条三項により保険金支払義務に消長を来す旨の被告日動火災のこの点の主張も理由がない。

3  自賠責保険金相当額の不担保の主張(被告日動火災)について

前出甲第一七号証及び丙第一号証並びに弁論の全趣旨によれば、本件保険契約に適用される保険約款上、被告日動火災の主張するような趣旨の規定は見あたらず、かえつて、他車運転担保特約第三条一項は、保険会社は、記名被保険者、その配偶者又は記名被保険者の同居の親族を被保険者として、これらの者が自ら運転者として運転中の他の自動車を被保険自動車とみなして、普通保険約款賠償責任条項を適用する旨を規定することから、右賠償責任条項第一条一項により、保険会社は、右被保険者が被保険自動車とみなされた他の自動車の運転による対人事故により、法律上の損害賠償責任を負担することによつて被る損害を、他の賠償責任条項の各条項及び一般条項に従い、填補する義務を負うことになるから、他の賠償責任条項ないし一般条項において特に責任を限定する定めのない限り、被保険者が負担する右賠償責任の全額につき保険金支払義務を負うことを定めている。

しかし、前掲各証拠及び弁論の全趣旨によつても、保険会社は、自賠責保険金が支払われないにもかかわらず、それが支払われたと仮定した場合の保険金額を越える部分についてのみ損害の填補義務を負うにすぎないとする旨の規定は存在せず、ただ賠償責任条項第一条二項が被保険自動車が自賠責保険につき無保険の場合について規定しているのみであつて、この条項から右のように自賠責保険金が支払われない場合一般について、自賠責保険金が支払われると仮定した場合の金額を超過する部分についてのみ保険金支払義務があるとする趣旨を読みとることはできないばかりか、他車運転担保特約が適用される場合には、同特約第三条二項が右賠償責任条項第一条二項を排除するとともに、その文言上も「自賠責保険等によつて支払われる金額がある場合は」として、保険会社の保険金支払義務を支払われるべき自賠責保険金等を超過する部分に制限することを定めていることが明らかであるところ、被告日動火災は右支払われるべき金額の存することを主張するものではない。

よつて、この点に関する被告日動火災の主張は独自の見解に基づくものであつて理由がない。

五  結論

よつて、被告岸田は、原告に対し、本件事故による不法行為に基づき、原告に生じた損害のうち金一四八二万三二八一円及びこれに対する不法行為の日である昭和六一年五月八日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を賠償する義務があり、被告日動火災は、原告に対し、保険契約に基づき、被告岸田に対する本判決が確定したときは、保険金一四八二万三二八一円及び判決確定の日の翌日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

以上のとおりであるから、原告の被告らに対する請求は、金一四八二万三二八一円の限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 林泰民 松井英隆 佐茂剛)

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